お侍様 小劇場

   “午睡のお供” (お侍 番外編 61)

 


世間が沸いた“皆既日食”は、
結局 微妙な空もよいに半分ほどが邪魔されてたようで。
ちなみに、筆者の住まう辺りでは、
午前中は雨降ってたのが、昼下がりからぱきーっと晴れたのが、
何とも恨めしゅうございました。
あちこちで多大な被害を出しもした、梅雨明け間際のこの豪雨。
人々ヘどれほど印象づけたいものか、

 “これが生身の人間のやらかした悪事なら、儂がまずは捨て置かぬ。”

土砂崩れで死者や行方不明者まで出した恐ろしい豪雨の煽り、
様々なイベントが自粛になるだろうことも見越していたそんな中、
中止、又は順延の決裁を下さねばならぬ書類が
どんと秘書室にまで持ち込まれ、
担当者ら曰く、

  ―― こういったものへの対処も秘書の仕事だろう

前にいた会社だか役所だかではそれで通していたらしい、
認印だけを押すつもりらしき新参役員の振る舞いへ。
決済は責任者がつけるものだ、この馬鹿者がと、
腹の底では思ったものの、

 『仰せのままに』

英国執事もかくやという、慇懃な態度で請け負って。
3つほど重なっていた巨大レセプションの順延手配を……
会場と人員確保1つ取っても、
本日の撤収のためのものと、
改めて催す別の日の設営へ向けてのもの、
双方へのそれが要りような手配とそれから。
招待客への謝罪と新規開催分へのあらためての招待状の送付などなど、
途轍もない手配とその処理を今日一日で全部片付けた彼であり。

  ただし

この業績を買われて、では次の巨大プロジェクトをと任された折、
こたびのような後始末なら、なるほど秘書へと押し付けられもしたろうが、
一からのプランニングとなれば衆人環視の中でこなさねばならず。
自分でやったものじゃあない手配、
どうやって整えるのかを高見の見物してやるぜというのが真の腹積もり。
そんな格好の…判りにくいけど効果は絶大な、
後で効く意地悪を構えておいでだってところが恐ろしい、
本日は ちょぉっとご機嫌の悪かった、
役員つき秘書室筆頭の島田室長さんだったりし。
本来は休暇だったはずの日を呼び出されての、
しかもそんな無体の無理強いだったのだからして。
お仕置きを兼ねてという怒りようになったのも、まあ無理はなかったのかもで。

 “それでなくとも、夏休みとなれば……。”

商社に勤める自分には、
休暇やバカンスならではの物流を追いかけるお題目として以外には、
大して関わり合いもない“夏休み”であり。
家人らもそのくらいは心得てもいようが、
世間様が休暇の話題で浮かれる中、
逆に日頃以上に忙しくなる家長を、
大変ですねと思いやってくれるのが、
こっちはこっちで心苦しかったりもするというもの。
どこにも連れて行ってはやれない分、
せめて少しでも安んじてほしいと思っているのに、
朝も早よから呼び出しの電話に加え、
所用は会って話すからという傲慢さとそれから、

 『妙にいいお声の奥方だったが、
   あれかね、夜の蝶でも見初めたクチかね。』

セクシーな声がたまらぬなぞと、
他の秘書嬢らが却ってハラハラしたほどの傍若無人な物言いへ、
判る人にはありあり判っただろ、
怒りの笑みをにぃっこり見せた勘兵衛だったのであり。
誰のコネで引き抜いた人脈かは知らぬが…

  先は見えたな、その役員。(ふっふっふ…)

とり急ぎの出社ということで、珍しくも車で出た勘兵衛が、
効果は後日に出る仕掛けをきっちりと完遂させ、
まだ少々はらわた煮えさせつつも帰宅したのが、
陽が長くなったこの頃でも、
そろそろ陽射しが夕方のそれへ塗り変わろうという頃合いで。

 「…?」

わざわざのチャイムを押さなんだのは、
何度も注意するにもかかわらず、
在宅時に玄関の鍵をかってない七郎次なのを見越してのこと。
陽があるうちは特に顕著で、
今時分ではまず間違いなく開いている。
それが証拠に、手をかけたノブがあっさりと動いたあたり。

 「…やはりな。」

確かに、そんじょそこらのこそ泥ごときでは相手にもならぬほど、
腕に覚えのある家人らなのではあるけれど。
油断は禁物、どんな不意を突かれるやも知れぬ。
それに、万が一、
命は無事でも、愛しい彼らの身がかすり傷ででも損なわれてしまったら?
久蔵は殊に無茶なことをしやるので、
斬りつけられても動じずに犯人確保をこなすかも知れぬ。
七郎次にしたところで、似たり寄ったり。
勘兵衛や久蔵は言うに及ばず、
その他 知己が相手なのなら柔らかな物腰で通す彼だが、
賊を相手に大人しく静まっていられるかどうかは怪しいもので。
久蔵が傍らにいれば尚更に。
剣の達人で頼りになる和子だというに、
そんな想いさえ沸かぬまま、
この子は私が守って見せるとばかりの、やはり無茶をしかねないと来て。

 “それもまた、島田の血、なのだろか。”

だとしたら困ったものよと、だが、くつくつと微笑う反応が出る辺り。
……本当に案じておいでか? 勘兵衛様。
(う〜ん)

 「帰ったぞ?」

そんなこんなと思いつつ、玄関を上がり、廊下を進むが、

 「???」

まるきり何の応じもないのが…今度は何だか不審であったり。
そういえば、車で帰宅したのだから、
ガレージに入った気配を察してのこと、
出迎えにといち早く出て来るのが、常の七郎次ではなかったか?

 “まさか……。”

さっきは冗談めかしたそれへ尻すぼみに帰着した“たとえば”。
腕自慢の家人らの無防備さが、
悪い方向へ本当に転がってしまっていたら?
時には“自信過剰はよくないぞ”なんて言いようまで持ち出して、
一応は諌めていたものの。
その諌めようだって、どこかお軽い言いようではなかったか。
彼らの腕っ節、自分もまた信じていたことが仇になっての、
何か途轍もないことが起きたのではなかろうかと。
ザワザワと血の気が引き倒す音、耳元に聞きながら、
途中から大股になってリビングへと向かえば、

 「…っ、…………驚かしおって。」

明るいリビングには庭からの風が時折そよぎ込み、
吐き出し窓に少しほど掛かっていたレースのカーテンを、
ひらりひらりと躍らせている。
陽が陰り始めているからか、室内は煌々とまで明るくはなかったが、
それでも窓辺近くの猫脚の卓に置かれた花瓶の優美な曲線や、
テレビのほうへと向くように据えた、ソファーの輪郭やは見通せて。
よって、他には誰の気配もない中、
三人掛けの長椅子の方で、お互いに凭れ合うようになっている、
二人の青年たちのシルエットがあって。
二人とも眸を伏せてはいたが、
少なくとも七郎次のそれは、
穏やかそうな寝顔だとの覚えもあった勘兵衛を、
どれほど安堵させたことか。

 「………よう寝て。」

彼らと過ごす筈の貴重な休日を、
電話一本でやすやすと潰えさせた、
下らぬ輩の横柄な態度へ腹を立て。
意趣返しを込めまくるという下心を糧に、
随分と腹黒い執念でしゃかりきになっての頑張った一日は。
きっとどれほどの後日になっても、
何とも苦々しい想いと共に思い出す日にしかならなんだだろうに。
そんなこんなを何ともあっさりと浄化してくれるような、
そんな優しい情景が、こうまでの間近にある幸いよ。

 「………。」

蜂蜜色の金の綿毛へと少しほど、
上からかぶさりかかっての、
紗をかけるように入り混じっているもの。
金そのものが織り込まれているかのような深い輝きと、
さらさらした質感を触れずとも知っている、
そちらは真っ直ぐな金の髪で。
赤みの強い双眸を伏せてしまうと、
彼もまた柔らかな印象になる久蔵と、
こなた様はそのまま、玲瓏透徹な印象のする七郎次とが、
その身を寄せ合い、くうくうと転た寝の真っ最中。
夕餉の支度をしていた間、
ここでついつい転た寝していた久蔵へ、
おやおやと呆れたものの起こすに忍びなくって。
せめて風邪を引かぬようにとでも思ってのことか、
寄り添ってやっていた七郎次までが、
彼の寝息に誘
(いざな)われ、
そちらもついつい、すやすやと白河夜船の仲間入り、

 “…って、ところかの。”

色白でやさしい面差しをした美丈夫が、
大切な宝物のように白皙の美童を抱え込んでいる図は、
どんな聖画でも敵わぬほどに、
勘兵衛の視線を引きつけて離さない。
よくよく見ればスポーツウェア姿という久蔵は、
入ったばかりな夏休みの1日を、
七郎次を手伝って、家事やら庭いじりやらに費やしたのだろう。
そんなかあいらしい家人の、背中や胸元へぐるりと回された、
白くしなやかな腕の持ち主は、
滅多にものをねだらぬ寡欲な青年で。
誰かのためにばかり奔走し、泣いたり微笑ったりする、
底の知れないほどの慈愛に満ちた存在で。
そんな彼が一番欲しかったのは、
もしかするとこんなして過ごせる家族であったのかも知れない。

 「………ん。」

すぐ傍らにまで寄っての凝視は、さすがに刺激を与えたか。
それとも、窓から吹き入る風のせいで、
腕やら肩やら冷やされてしまったか。
まずはと目を覚ましたのが七郎次のほうで、
傍らにあった気配へ無造作に顔を上げ、

 「…かんべ、さま?」

あれれぇ? お出掛けのはずだのになんで?とでも思うたか、
寝起きで ほわんと霞のかかった愛しいお顔は、
しばし表情が止まっていたものの。
彫の深い男臭いお顔が くすすと先にほころべば、
あっと言う間に現実へ、
意識のピントが合ったらしくて。

 「………あ、か、勘兵衛様。」

わたわたと慌てるのを窘めがてら、

 「これ、久蔵が起きてしまうぞ。」

起こしたくのうて寄り添っておったのだろにと、
こちらから示唆してやれば。
遅ればせながら はっとして見せ、
自身の腕の中を見下ろした彼だったのだが、

 「…あ、えっと。おはようございます。///////

残念起こしてしまいましたという、困ったような苦笑がまた、
どうしましょうかとこっちへと向けられる前から、
得も言われず、愛おしくてたまらない。
そして、

 「………。」

久蔵の方も方で、
一体何が起きているものか、
自分の置かれた状況が、微妙に判ってないようで。
睡魔のせいで上がり切らない瞼越し、
いやさ、その縁の睫毛越しに見やった七郎次のお顔へ、

 「……。」

そのまま降伏、再び寝入り掛かるのを、
「あ、あ、ちょっと待ってくださいな。」
七郎次がもしもしと慌てて制止する。
目の前の懐ろを目がけ、倒れ込みかけていた細おもてが、
何だ?とかすかに眉を寄せたのへ、

 「儂の気配は拾えぬか。」

可笑しいなあという口調もありありと、
横合いからの声を掛けたは、
七郎次には荷が重かろうと思った勘兵衛だったから。
かわいい久蔵の愛らしい駄々、
まだ眠いのという凭れ掛かりを、
気立てのやさしい彼が振り切るのは難しかろうと思っての、
文字通りの横槍で。

 「…?」

うにゃあ?と、やっとのこと こちらを向いた久蔵なのへ、

 「さあ、勘兵衛様もお帰りになったことですし、
  晩ご飯にしましょうね?」

久蔵殿の大好きな鷄のじぶ煮も、
あんまり暖めなおすと身が堅くなってしまいますしねと。
よーしよしと背中を撫でての言い聞かせ、
視線が合ったのへと笑いかけると、
それへ誤魔化しながら立ち上がり、
キッチンへ立って行ったおっ母様だったりし。

 「………。」

まだ寝足りぬか、どこか覚束ない様子で座っている久蔵が、
その視線をやっとのこと、勘兵衛の上へと向けて来て。

 「シチが。」
 「んん?」
 「来月、奈良に。」
 「? …ああ、そうだったの。今年の高校総体は奈良か。」

確か東京代表に選出されている久蔵であり、
その本大会が催される地が奈良で、剣道部門は八月に入ってから。
そこへ、七郎次が応援に来てくれると言いたいらしい。

 「儂も、予定を融通して観に行くから。」

1日くらいは何とでも捻り出せようと、
妙なところへ胸を張った勘兵衛へ、

 「…………、。」
 「おっと。」

またぞろ眠気が襲ったか、ぐらんと頭が前へ落ち掛かるのを、
すぐ前まで立って行ってやっての、懐ろで受け止めれば。
頬に当たったスーツの生地が少々剛
(こわ)かったか、
むうとお顔をしかめるのがもっと幼い子供のようで。

 「……堅い。」
 「仕方がなかろ。」

くすんと微笑い、大きな手を綿毛の上へと乗っけると。
それは嫌じゃあなかったか、
不機嫌顔を引っ込めて、
もっととねだるよに頬を擦りつけて来る現金さ。

 「ゆかた。」
  「んん?」
 「シチが。」
  「おお、そうか。縫うてくれたか。」
 「島田は白。」
  「うむ。」
 「シチは薄紫で。」
  「お主は?」
 「んと、藍と水色。」

傍で聞いていると、幼子と大人の会話のような。
いかにも断片的なそれではあるが、これでも結構 話している方。

 “これで高校生なのだものな。”

そうだった、と。
勘兵衛自身もが今更ながらに思い出しての苦笑をするほど、
その言動が極端に静かで、話せば話したであまりに拙い和子であり。
それでも剣を取っては日本一の高校生であり、

 “そうか、高校生なのか…。”

夏休みが生活に大きく関わっている唯一の存在。
学校が長い休みに入る高校生であり、
しかも勘兵衛の恋女房である七郎次に、
そりゃあ傾倒している次男坊の久蔵が、
八月末までという長い長い夏休みを、
一日中家に居続ける身の上となるのが、

 「…。」

今になって微妙に心騒がした情景に、
なりかかってしまった勘兵衛ではあったれど。

 「???」

キョトンとしつつ見上げて来る様子は、
まだまだ頬の線などに幼いなめらかさも残っており、
どうした?との他愛ない表情がよく映えての愛らしいほど。
七郎次が かわいいかわいいと愛でてやまない、
無垢で素直な和子であり、

 “いろいろと勝手に勘ぐるほうが歪んでおるのだろうな。”

最初は痛がってたスーツの生地へ、
頬をうにうに擦りつける所作も愛らしく。
それへとすっかりほだされた勘兵衛、

 「…いや、何でもない。」

そうと応じ、
キッチンへと去った七郎次のいたところへ入れ替わるよに腰掛ける。
そんな勘兵衛へと、今度は横合いから肩を押しつけつつ、
まだ少し寝足りぬか、
目許をこしこしと手の甲で擦る稚い仕草を見せた久蔵。

 「……。」

空いている方の手で、シャツの胸元をきゅうと掴むのは、
少々ずぼらながら、こっちへ耳を寄せよということならしくて。

 「…応援に来るなら、決勝の日。」
 「ほほお、勝ち残るからということか?」
 「…。(頷)」

当たり前のことだからと言わんばかり、
うんうんとついでのように頷いて。
あんまり何度も頷くものだから、
何だどうしたと思っておれば…そのままぱふりと、
勘兵衛の懐ろへ凭れて来るのが、珍しいほどの甘えよう。

  ……というよりも、

 “シチの懐ろはそれほどよう眠れた、か。”

日頃からもそれはそれは冴えた意識でもって対すこの久蔵が、
誰ぞを前にしてこうまで完全に目が開かぬというのは大概なことであり。
殊に、刀を振るう者同士として一目置くはすの勘兵衛相手に、
悪く言って酔っ払っているようなレベルでの、
前後不覚なこの態を晒すだなんてのは、
そうなるくらい、よほどに深く寝入っていたという証しでもあろう。

 「お二人とも、支度が整いましたよ?」

さあさ、おいでなさいませと、
キッチンから戻って来た七郎次だったが。
再びうつらうつらと舟を漕いでた次男坊なのへは、
もうもうと困ったように苦笑して…そして。

 「………勘兵衛様まで、何ですか。」
 「うあ? ああ、済まぬ済まぬ。」

そんな勘兵衛の懐ろで、
やっぱりまだまだ瞼が上がらぬらしい次男坊へも、
まったくもうもうと、柔らかく微笑ったおっ母様。
練達ぞろいな人たちでありながら、
相変わらずに ほんわかした一家であるようで。
軒に下がった風鈴が ちりりんと、のどかに苦笑した夕べです。







  〜どさくさ・どっとはらい〜 09.07.22.


  *実は、ゴキブリを退治してもらった直後だったのでと
   くっついてて寝ちゃった二人だったりしてねvv

  「きゅ、久蔵殿っ。」
  「…ッ、シチは此処に。」
  「は、はいっ。」

  「(すぱーんっ☆) …始末はつけた。」
   (亡骸の処分と床掃除と、自分の手の消毒も終えたぞ…の意・笑)

  「すみません。」
  「…っ☆///////

   はにかむシチさんからふわっと抱きしめられて、

  「ホントならアタシの方がしっかりと始末せねばならないのにネ、
   情けない大人でごめんなさいね?」

   な〜んて、いい匂いのするおっかさまの懐ろで聞いて御覧なさい。

  「〜〜〜。(否、否、否) ////////

   こんなご褒美はないってもんで、
   うっとりしちゃって睡魔だって下りてくるってもんでさぁ。
   ふっふっふっふvv
(おいおい)

 めーるふぉーむvv ご感想はこちらへvv

ご感想はこちらvv

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